お茶漬けのしみとふるーつ寒天

お手紙風ブログ。それから本と映画、デザイン、アートとなんやかんやを赤裸々に。

『ルビー・スパークス』ありのままを愛せない人々の物語

映画「ルビー・スパークス」公式サイト| 20世紀フォックス ホームエンターテイメント
ありのままを受け入れられない、
自分自身としか付き合えない小説家の物語。

物語の初め、
ルビーがカルヴィンの目の前に登場した時、
彼は
"自分自身と似ている"
とさりげなく言っている。
物語を追っていると似ているようには見えないが、
よく見ると内面が似ている。
"ありのままでいられない"
という点で似通っているのだ。
ルビーはカルヴィンの作り上げた理想像
であり、
また、
執筆した小説のヒロインだったが
現実の世界へと姿を現わす。

"モラル的にどうなんだ"と兄に言われるが、
しばらく
楽しい、まさにドラマチックな恋人とのひとときを過ごす。

しかし、
ルビーはカルヴィンが小説の中でルビーに関する文章を書けば
その通りになってしまう。
彼の思い通りの女性として、
本人は自分が小説のヒロインだという自覚は無いまま、
カルヴィンが文を書けば
ひとりでにフランス語を話し始めたり、
情緒不安定になったり、
過剰なまでに甘えたりする。

情緒不安定になった時ルビーは
自分のことは自分で決めたい、
カルヴィンはルールを作って勝手に失望しているのだ
と訴える。

ありのままでいられない
というのは苦しいことだと思う。
現実ではありのままでいられない場面は社会的にも多々ある。
しかし、恋人の前でくらいは
ありのまま、素の自分でいたいという寂しさ
を感じた。

ありのままを愛してもらえないから、好いてもらうこと
だけを考えて取り繕うのは長くは続かない。

それはカルヴィンが読者に好かれるための偽りの作品を書いて天才だと持て囃され気分が乗らなかったり、
カルヴィンの母親が前の夫の前でありのままでいられず離婚したこと
と鏡のようになっている。

ありのままでいられなくなれば自分を抑圧することが続き
息が苦しくなるだろう。

自分が強いられてきたことを
カルヴィンはルビーにも求めてしまっていた。
理想像を作り上げ、
癇癪を起こしたら距離を置く。
物語の初めの方で、
飼い犬のスコッティにも、
寂しくて粗相をした時に怒るという形で
同じことをしている。

しかしカルヴィンは思い知る。
天才だと"言わせる"愛してると"言わせる"ことは自分を苦しめるだけだと。
偽りの振る舞いで手に入れたものは偽りでしかないのだと。

ルビーからも
「人を操れると思っているなら死ぬまで孤独」という言葉を投げつけられる。

ルビーに彼女の正体を打ち明けると、
カルヴィンは最後に「愛してる」と言わせ、
その後に

ルビーは家から出るとすぐカルヴィンから解放された
彼女はもはや彼の創作物ではない
彼女は自由になった

とタイピングして、ルビーは姿を消す。

しかし、
最後の場面でいつものようにスコッティと散歩に行くと、
ルビーにそっくりな女性が本を読んでいた。

「別の世界で会ってたのかもしれない」
そう言われ、
「まだやり直せる?」

これは
ルビーがカルヴィンの本の悪態をついたことに対してだが、

関係をやり直すことだという意味も掛けてある。

これは
ありのままを愛することが難し"かった"人たちの物語だった。