お茶漬けのしみとふるーつ寒天

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『ノルウェイの森』を精神分析学の観点からみる

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まず、本論において扱うキーワードの定義をいくつか確認しておくとする。

ナルシシズムとは自分自身を性愛の対象とすることである。

 死の欲動とは、デストルドーともいわれ、死へ向かおうとする欲動のことである。自我が抵抗しがたい欲動であり、衝動の存在に自我が気づきにくい無意識的なものであり、対象に備級される。しかし多くなるとサディズムマゾヒズムとして現れる。

 精神病の患者自身を破壊する幻聴などの源泉として死の欲動が援用される。無意識的な自己破壊・自己処罰傾向である。

(参照:Wikipediaより)

リビドーとは、フロイトによって提唱された概念であり、人間の性本能の基底となるエネルギーである。その発達は口唇期、肛門期、男根期、潜在期、そして思春期の性器期へと展開するが、それぞれの段階に応ずる性感帯、充足の目標、対象をもつとした。(参照:『百科事典マイペディア』コトバンクより)

 また、同一化とは個人が人格(自我・超自我)を形成する基本的な機制で、他者の諸特性を自己のものとし、それにしたがって変容する心理的過程をいう。個人の現在の人格は過去の一連の同一化の集積であるといえる。

 つまり、対象が感じ、考え、行為するのと同じように感じ、考え、行為することをいう。これは安定を得ようとする防衛機制の一種であるといえる。

 同一化は対象選択が破たんし、対象喪失によって心理的に退行した時に起こるものであると考えられる。

(参照:『世界大百科事典』コトバンクより)

 

 次に、あらすじを追っていきつつ考察を展開する。

  ギリシャ悲劇についての講義の場面で、「愛する者に愛されないという一方通行の悲劇」という台詞が登場するがこれはこの作品全体を通しての主題を表しているといえる。

 その後ワタナベは「僕の人生は読み漁っていた本の余白の様に空っぽだった」という言葉で自身の大切な者を失った喪失感を表現している。その喪失感や虚しさを埋めるためか、女たらしの永沢という男とつるみ、女遊びに出かけるようになる。永沢については尊敬の念のようなものを抱きながらも一方で「どうしようもない俗物」とワタナベは形容しているが、そこに自分自身の姿も投影しているのかもしれない。自身もそのような存在であると認識しつつ、心の空虚感を埋めるため、女遊びに耽るように他者に性欲(リビドー)を備級することで心の安定を図っているといえる。

 次の場面でワタナベは直子と東京で再開する。そのとき直子は「上手くしゃべることが出来ないの」というが、これは直子の精神状態がキズキを失ったことで傾きかけていることの兆候である。のちの「幻聴に悩まされている」という台詞から、直子はおそらく統合失調症であると推測することができる。直子とワタナベは二人で週に一度会うようになり、その時に過去や死んだキズキの話はせず、親密な関係を深めていく。「二人で公園で会って歩き回った。まるで魂をいやす宗教儀式のように」という台詞からもその様子はうかがえる。このことから二人がお互いに心を許せる相手を求めていることがわかる。

直子の誕生日に二人は直子の家で過ごすが、直子はキズキのことを思い出し泣き、直子の方からワタナベを求めてしまう。死んだキズキのことを想いながらもワタナベに寄りかかってしまうのは直子もまたワタナベのように他者にリビドーを備給することで心の穴を埋めようとしているのではないだろうか。00:22:30の場面でワタナベは直子に「キズキとは(行為を)したくなかったの?」と聞いてしまうが、のちの場面で直子の告白によって理由が判明する。そしてワタナベは「あの気持ちは僕が今まで感じたことの無いものだった」と言い今までの遊びとは違う本当の恋心を自らに中に見出し認識する。しかし、直子は誕生日の出来事がショックだったのか引っ越してしまう。

それからしばらく経ち直子から手紙が来る。そこには「文章を書くまでに長い時間がかかりました。…療養所に行こうと思います。あなたが私のそばにいてくれたことに関しては感謝しています。あなたがわたしを傷つけた訳ではありません。私が傷つけたのは私自身です。」と書かれていた。

00:40:26の場面では、手紙を受け取ったワタナベが直子に会いに行く。手紙には「担当医はそろそろ外部の人と接触を持ち始める時期だといいます。わたしにはあなたの顔以外思い浮かばないのです。わたしはあなたの好意を感じているしそれを嬉しく思っています。」という記述があり、表面上は直子もワタナベに好意を持っているように思えるが本当のところは疑わしい。自分の存在理由を確認し自分の心の安定を得るためだけに自分に好意を寄せ、必要としているワタナベを利用しようと書いているように考えられる。これは相手のことは考えず自分のことしか頭にない状態であり、自分が一番大事である心情だといえる。ここからナルシシズムの表出を読み取ることができる。

00:51:42の場面では直子はワタナベに接吻を迫り「私のこと好き?」と尋ねそれに対しワタナベは「好きだよ」と答える。しかしその答えが気に入らなかったのか直子はワタナベから体を離す。その後「死んだ人は死んだ人だけど私たちはずっと生きていかなきゃならないから」と言い、キズキと寝なかった理由を語り出す。

「私、キズキくんと寝たいと思ってたの。彼もそうしたがってた。…どうしてもできなかったの。…愛してたの。でもダメだった。…あなたと寝た時私凄く濡れてた。…どうしてそんなことが起こるのよ。だって私はキズキくんを愛してたのよ」それに対してワタナベは「僕のことは愛してなかったのにってこと?」と尋ねる。それに対し直子は「ごめんなさい。キズキくんが死んだあと人とどう接すればいいか分からなくてどう人を愛せばいいかもわからなくて」

この台詞の応酬からわかることは直子がキズキと寝れなかった理由は直子の一時的な不感症にあるということで、その原因はリビドーが自身に備給されていたこと、つまりナルシシズムにあるのではないだろうか。リビドーを他者に向けられないために不感症に陥っていると説明することはできないだろうか。

01:32:40では直子がついにワタナベとも寝れなくなる。リビドーを備給する対象を失った直子はワタナベに対し「私みたいな人間に関わらないで。…あなたの存在が私を苦しめるのよ」と言い放ち、別れた後、幻聴がひどくなったと手紙でワタナベに知らされる。この言葉の意味する所は「ワタナベが存在することでキズキのことを思い出す。また、キズキとは寝れなかったのにワタナベとは寝れた不純な自分という存在を認めざるを得ない。そのことが苦しい」といったところだろうか。この後直子は死の欲動に駆られ自殺する。その在り様はまるでギリシャ神話の自分にリビドーを備給した末に死んだナルキッソスのようである。精神病患者にナルシシズムの傾向が強いのは自分の世界に引きこもり愛の対象選択が上手くいかないからだと考えられる。認知の歪みが起こり相手の本来の姿に目を向けず、自己の妄想にリビドーが向いているのである。妄想の中の他人を愛することで自分の存在を認め自己のナルシシズムを満足させているのである。

01:45:41ではワタナベが緑に対して「君のこと大好きだよ。…人としての責任があってそれ(直子)を放り出すわけにはいかない。彼女が僕を愛してないとしても」と言っている。この場面から直子に対するワタナベの見方が少し変化しているように思える。「愛する相手」から「恋愛の対象ではないが、それを越えた精神的な絆で結ばれている、守らなければならない人間」に変化してはいないだろうか。

02:02:56の場面は、ワタナベの緑に対する「君以外に求めるものは何もないよ。愛してる」という台詞で幕が閉じられる。リビドーがやっと特定の相手に注がれて精神的にも安定が図られたように思える。

永沢とハツミについて補足する。永沢は結婚をするつもりはなく、気儘に遊んでいられればいいという男で、ハツミはそのことを理解していながら彼についていくという人物として描かれているが、彼女は物語の中盤で他の男と結婚するものの、自殺してしまう。

これは前述した「一方通行の愛の悲劇」であると思う。

ワタナベから直子に対しての愛情もそうであるといえる。

このように、ハツミやキズキ、直子など主人公であるワタナベの周りには「死」の気配(死の欲動)が立ち込めている。そのような中で「死」の気配に取り込められそうにワタナベはなるが、緑という一人のお互いに相手を思いやる正常な愛を育めるパートナーを見つけてこの物語は完結するが、その直前に療養所の女性レイコと寝ている。レイコから誘った形ではあったものの、ワタナベは断らずに寝てしまった。このことからワタナベは今後性欲のはけ口にされてしまう可能性も考えられ、また逆に別の女性(充足の対象)を自分の性欲のはけ口にすることも考えられないことはない。この物語はハッピーエンドだと簡単に片づけられる物語ではない。

 

参考

ノルウェイの森」 トラン・アン・ユン監督

比較文化 講義配布資料

精神分析学入門 講義配布資料

「リビドー(リビドー)とは - コトバンク

https://kotobank.jp/word/リビドー-149263

「同一化(どういつか)とは - コトバンク

https://kotobank.jp/word/同一化-337820

デストルドーWikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/デストルドー