お茶漬けのしみとふるーつ寒天

お手紙風ブログ。それから本と映画、デザイン、アートとなんやかんやを赤裸々に。

サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで

サンシャワー展に行ってきた。

sunshowerは天気雨のことだけど、
もしこの風鈴みたいな雨が降ってたら
喜びの雨、恵みの雨、
って思いそう。
生きていく場所を追われた人たちの展示の後にこの展示があった。

冒頭の展示の
"親切にありがとう。神の祝福がありますように"
という言葉の、
「神の祝福」
がサンシャワーなのかな
とか色々考えさせられる展示だった。

"There's no more free."
という言葉があったけど、
経済発展を遂げる中で失われたものはどれだけあっただろう。
半分に断裂された家、追い込まれる文化、人間、そして居場所を失う動物たち。
工事現場の騒音に掻き消される
人々の悲鳴。苦しみ。
それらをアートという形で
生々しいものも含めて
現実として向き合わさせてくれた。


経済が文化を侵食しても、
アートという形で前向きに残そうとする姿勢を見ることが出来た。
これは陶器だけど、
花と天使の象徴らしい。
陶器といえば
大量生産される物質的なもの、
という見方をされがちだけれど、
何かを象徴させることで、
スピリチュアルな意味を配列的なものの中に潜り込ませている。


「崇拝のアイロニー
これはセンザンコウ
センザンコウといえば、
密猟や違法取引で有名な絶滅危惧種の動物。
人々から鱗などに効力があると思われることで、
偶像として崇めたてるために密猟されれば
それは悲哀である、
という意味が込められていると思った。

急速な経済成長の中で失われたもの。
それは
文化
場所
動物
そして精神
そして人間でさえもが
事件により殺されたということを伝える展示があった。

人間が栄えるために行われていることが、
同じ人間を精神的に殺し、
存在さえも消そうとした。

同じ人間だけど、
優位に立つ者は
文化的にも精神的にも
人々を沢山殺している。

それはけだもの、もしくはそれ以下かもしれない。

だけど失われてしまったものはもう戻らない。

陶器の展示のように前向きなものもあったけれど、
悲哀や憤怒の感情を
前半で
強く、赤い激しい色と共に感じた展示だった。

だけど赤い色は
生命力
という意味合いも色彩心理学では持っている。

最後のサンシャワーのような風鈴が、
東南アジアの人々のこれからを表しているのかもしれない。

そう願う。