お茶漬けのしみとふるーつ寒天

お手紙風ブログ。それから本と映画、デザイン、アートとなんやかんやを赤裸々に。

長野まゆみ論 作風・文体について(卒業論文抜粋)

第二節 作風 

世界観について論じる。長野本人が『綺羅星波止場』のあとがきの中で初期作品について次のように語っている。(注5)

私の書いているものは児童文学ではないらしい
あいまいにしがちであった経験と創造の差異をあきらかにすることでもあり、夢だの無意識だのを気安く頼みにした反省を迫られもした。死を書くことにすら迷いのあった愚かさから脱却し、私自身が創造のみに信頼をおこうと強く確信した時期でもある。
手が届きそうで届かない。はっきりと見えるようで、摑みどころなく輪郭はぼやけている。そんな、世界を希んでいる。
また、「長野まゆみによる『新世界』解読マニュアル」(注6)の中で以下のように語る。
時代はない。いま書きたい場面を書くだけ
文体的特徴については以下のような記述がある。(注6)
意味がなくて発せられている言葉そのものが好きなんでしょう?(田野倉)
旧仮名も好きなところだけをまぜる。
発せられている言葉そのもの」の例を挙げると、人物の名前を複数並べ音で選んだり、地名からとるという方法をとられたものが多い。(注7)
例:シルル紀→シルル
  ツール・ド・フランスに出場した選の名前→ソレンセン
  フランス語圏の地名→イゾアール     
(『テレヴィジョン・シティ』より)


また、他の作家の文体と比べどれ程個性的なものなのか知るために本論の著者が独自に翻訳したものを以下に列挙する。

例:「水蓮の開く音がする月夜だった。
アリスは部屋の燈を消して月光の差す、織り模様のついた敷布の上に創り上げたばかりの石膏の卵を置いて眺めていた。」
(長野まゆみ少年アリス』)(注8)

“It was moonlit night that we could hear sounds that waterlilies bloom.
Alice put lamp in the room off.
And he put a plaster egg which was finished making just now on sheet that is varnished by woven pattern.
Then, he was gazing at it that bathed moonlight.”

ポイントとしては以下のことが挙げられる。
・英訳一文目に関して。「水」蓮という表記に合わせpond lily でなくwater lilyという表現をした。また、水蓮から鳥の姿の生徒たちが生まれるという設定から、単数でなく複数にした。花が開く=開花=咲くと考えopenでなくbloomにした。
・英訳二文目に関して。turn offよりやや文語調のput offを選択。また、アンティークのイメージのlampを選択。
・英訳四文目に関して。「月光が差」しているのは卵だと解釈した。
・原文の一文が長かったため、英訳は複数に分ける必要があった。

例:「制限時間、後五分。
それまでに何とかしねえとあいつらに負けちまう。
それだけは勘弁だ。」
(山田悠介『Aコース』)(注9)

“A time limit is only five minutes.
If I won’t manage to do anything by time, or I will lose a bet to them.
Anything but that. “

ポイントとして以下のことが挙げられる。
・全体的に原文が単純明快であるため、英訳も分かりやすいように短くした。

例:「呼吸はお線香から上る煙のように頼りなく、身体は白樺の小枝のように白くて細かった。
美しかったわけではない。」
(宮下奈都『窓の向こうのガーシュウィン』)(注10)

“Her breath was frail like climbing smoke from incense stick.
Besides, her body was pallid and thin like white birch’s stick.
She is not beautiful. “

ポイントとして以下のことが挙げられる。
・英訳一文目に関して。「弱い」と同義の「頼りない」という単語が無いため「ひ弱」という意味のfrailを選択。
・英訳二分目に関して。「白くて」を「寒い場所に生える木のようであり不健康な白さ」と解釈し、pallidを選択。

例「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。
それは、きっと、真夜中には世界が半分になるからですよと、いつか三束さんが言ったことを、わたしはこの真夜中を歩きながら思い出している。
光を数える。」
(川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』)(注11)

“Why is midnight beautiful so much?
I look back his words with me pacing around this midnight.
“I think, because the world get halved during midnight, certainly. “
Mr. Mitsutsuka said one day.
I count flickers.”

ポイントとして以下のことが挙げられる。
・英訳一文目に関して。純粋な感情を表現するため、また読者の情感を揺さぶる効果を狙い単純な文にした。「~と思う」を直訳するより疑問文にした方がより自問自答する主人公の姿を描写出来るのではないかと感じた。
・英訳二文目に関して。原文の時制は現在進行形だがこの部分は本編の前置きで、読者の想像力を掻き立てるための抽象的な部分、また主人公が日常的に繰り返している行為のため現在形にした。「歩く」という単語は「彷徨う」という意味のwonderが適していると感じたが、意味を含ませすぎてしまうため「ゆっくりと歩き回る」という意味のpaceを選択した。
・英訳三文目に関して。途切れ途切れのゆっくりと発話される言葉を表現するためカンマを使用した。「世界が半分になる」は「受動的に世界が割られる」というより「自然に世界が半分になる」というニュアンスで解釈し直訳した。原文では「きっと」という言葉が初めにきているが英訳では最後に置いた方が優しい雰囲気を出せると解釈した。
・英訳五文目に関して。flickerは「明滅する、希望などがちらちら見える、憎しみなどが徐々に消える、興味、興奮などのつかの間の高まり」という語義であるためlightより適していると感じた。一文目では含みを持たせる表現を避けたが最後には含みを持たせた方が前置きらしいのではないかと判断した。
以上の分析から、全体的に複雑な文体であるほど翻訳しづらく、個性的な文であると云える。複雑な文とは比喩の多用、様々なニュアンスを含んだ語句の使用、特殊な世界観、一文が長い、などの特徴を持つ文章のことである。そのため個性的な文は難解でありあまり一般受けしない。これは日本の近代文学、そして長野に合致することである。川上は私たちが生きる身近な世界を物語の舞台に設定し、日常の中の誰も目にとめないような出来事を独自の視点で見つめ穏やかであると思えば突然激しい感情を描写するため印象に残りやすい。また、前置きや物語の鍵となる部分では抽象的な表現をするがそれ以外では難解でない文章を書くため、非常に効果的な手法を使っているように感じる。そのため芥川賞を受賞するまでに認められている。対し長野は一定の静けさが作品に流れており、情感を揺さぶる力が弱い。通俗的な作品のように媚びを売りたくない、「普通」の作品は書きたくないのかもしれないが一度世間に認められるためにはある程度、現代の読み手のニーズに合致したような作品を書く必要がある。